好成山 善応寺

石段の先に善応寺の山門が見える参道

沿革

善応寺縁起(沿革)

開基河野通盛(一三六四没)は、通有の末子に生まれ、河野総領家を継いだが、元弘の乱(一三三一)に失脚し、鎌倉建長寺の南山士雲をたより、旧勢を保つことができた。この時、南山士雲の恩に報いるため、河野郷土居館を京都東福寺に擬して寺院に改築し、建武二年(一三三五)に河野一族の氏寺として好成山善応寺を創営した。

通盛(法名善恵)は、南山士雲の法嗣正堂士顕を東予市長福寺から迎え開祖としたが、正堂法嗣の寺として永代住持(住職)を定めた。この後、貞治三年(一三六四)には、諸山の列(官寺)に加えられた。

古文書によれば、寺域を「東限鳩谷之透、南限揚岐庵山過山峰之透、西限娑婆山之透、北限土居山尾新宮山」とし、現在の善応寺部落全域にわたり、その面積は六〇町歩に及ぶ広大なものであった。

七堂(仏殿・法堂・僧堂・方丈・庫司・東司・浴室)十三塔頭(通玄庵・萬松院・千手院・養寿院・大崇院・宗玄院・林少院・萬年寺・一心庵・見寿庵・明智庵・霊雲庵)を有する大禅刹であった。

その後、善応寺は代々河野氏の帰依を受け盛観を呈したが、天正十三年(一五八五)七月河野氏没落と共に戦火に焼失荒廃した。

江戸時代中期、善応寺十七世の黙翁士轍によって、将軍徳川吉宗の厚遇を受け、明智庵のあとに現在の善応寺を再建した。

善応寺の山門と河野氏発祥之地の石碑
山門前には、河野氏ゆかりの地であることを示す碑が立ちます。

善応寺は、愛媛県松山市北条地域にある臨済宗東福寺派の禅寺です。本尊に釈迦如来をお祀りし、約700年の歴史を受け継ぐ河野氏ゆかりの古刹です。

瀬戸内海の島々を望み、高縄山の豊かな自然に囲まれた静かな境内では、四季折々の美しい風景とともに、禅の心に触れるひとときをお過ごしいただけます。

いつでもお気軽にご参拝ください。

河野氏の家紋

河野氏

河野氏と善応寺

河野氏は、伊予国の歴史を語るうえで欠かせない一族です。 善応寺の由緒では、河野氏が土居館をもとに寺を営み、河野本宗一族の氏寺として 信仰と供養の場を築いたとされています。

寺名や山号、寺域の伝承には、河野氏の記憶が今も色濃く残っています。

善応寺に伝わる古文書資料
善応寺に伝わる古文書資料

参拝・相談

参拝・相談

善応寺は、檀家の皆さまの年忌法要・墓参・先祖供養を支えるとともに、 地域の歴史や河野氏ゆかりの地を訪ねる方にも開かれた寺院です。

檀家の皆さまへ

年忌法要、永代供養など、ご先祖さまの供養に関することは、いつでもお気軽にご相談ください。

寺の年間行事やお知らせは、「善応寺だより」をご覧ください。

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歴史を訪ねる方へ

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善応寺の日々の様子

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所在地・連絡先

〒799-2443
愛媛県松山市善応寺甲428
TEL 089-992-0844

好成山 善応寺は、愛媛県松山市善応寺甲428にある臨済宗東福寺派の寺院です。

掲載内容は、由緒資料と公開情報をもとに整理しています。正式な行事日程や法要のご相談は、 お寺へ直接ご確認ください。

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